史上最も成功したエンターテイナー--マイケル・ジャクソン追悼特集

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史上最も成功したエンタテイナー
泊めてくれたお礼に歌を、ジェームス・ブラウンとの切っても切れない仲
2006年12月25日にジェームス・ブラウンが世を去った際にマイケルはコメントを寄せ、告別式でもスピーチを行なっている。それもそのはず。自伝『俺がJBだ!(文春文庫)』によれば、JBは60年代中期からジャクソン兄弟の面倒をみていたのだ(「マイケルはまだ六歳くらいだった」という記述がある)。印象深いのは1968年の出来事。アポロ・シアターでのデビュー前日に金を遣い込まれて泊まる場所を失ったジャクソン兄弟は、JBのファミリーであるボビー・バード&ヴィッキー・アンダーソンの家に泊めてもらうことに。そして翌朝には、お礼に歌を歌ったのだという。「そういう子供たちだった。自分の金を全部遣い込まれちゃったのに、手に入ったものに対しては心から感謝するんだ」。JBのこの言葉は、のちのマイケルの暖かな人間性にもつながる。
声変わり、ニキビ……多くのコンプレックスを抱えた思春期
ジャクソン5時代は明るかったマイケルのキャラクターが激変したのは、ソロ・アーティストとして伸び悩みの時期にあった70年代中期のこと。1969年にジャクソン5でデビューした当時は8歳という触れ込みだったが、実際には11歳だった。そのため、結果的にはわずか数年で声変わりやニキビなど、思春期特有の問題に直面してしまったのだ。幼いころから容姿について父親にからかわれていたというのは有名な話だが、思春期ゆえの劇的な変化が、わだかまっていたコンプレックスを一気に暴発させてしまったのかもしれない。ともあれこのころからマイケルは内向的になり、そんな性格は以後も彼の人生に大きな陰を残すことになる。ここに端を発する深いコンプレックスが、たび重なる整形疑惑に結びついていったのだろうか。
世界総売上げは7億枚以上!史上最も成功したエンタテイナー
ギネス・ワールド・レコーズで「史上最も成功したエンタテイナー」と認定されているマイケル・ジャクソン。作品の世界総合売り上げは、ロンドンで開催された「ワールド・ミュージック・アウォード2006」によれば7億5000万枚にのぼる。しかもそこから3年近くの時間が過ぎているので、現在その額はさらに大きくなっているはずだ。なかでも突出しているのは、シングル・カットされた楽曲が最も多いアルバムとしても知られる1982年の『スリラー』。売り上げは、世界最高枚数である1億4000万枚。全米アルバム・チャートで、史上最長の37週にわたって首位を独占した(サウンドトラック・アルバムを除く)。それらの実積をすべて認定しているギネスブックは、彼のことを「史上最も成功したエンタテイナー」と評価している
数多くのギネス記録、ノーベル平和賞にも二度ノミネート
他にもギネスは、かなり以前からマイケルの功績を認めていた。なにしろ「全米シングルチャートで首位を獲得した最年少ボーカリスト」としてマイケルを初めて認めたのは、彼がジャクソン5の一員だった11歳のとき。以後も“You Are Not Alone”のヒット時に「全米シングルチャートで初登場1位を記録した最初のボーカリスト」と認定するなど、功績を高く評価している。また、1989年には『Forbes』誌が「年間売上げ高が1億ドルを超えた最初のエンターテイナー」と認定。ちなみにマイケルは、世界中の不幸な子どもたちのため1992年に設立した「ヒール・ザ・ワールド基金」を筆頭として慈善活動に積極的に取り組んできたことでも有名。受賞は実現しなかったものの、1998年と2003年にはノーベル平和賞にもノミネートされている。
まだまだ続く・・・マイケルの知られざる栄光と影
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