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東京事変 インタビュー

◆ 東京事変 3rdアルバム『娯楽(バラエティ)』 ライナーノーツ【前半】

ポピュラリティと芸術性の狭間で、音楽は時に難しいものになる。聴き手あっての音楽という側面が強まると、聴き手に合わせることで理想の表現から脱線することもあるし、芸術性ばかりを追求することで、聴き手との距離が離れていってしまう。また、その均衡は常に変動しているし、一貫した法則もない。それゆえに作り手にとって音楽は難しく、同時に尽きない喜びを与えてくれるものなのだろう。

過去のインタビューにおいて、椎名林檎は「音楽は芸術であってはいけない」と語ってきた。その言葉は自ら言い聞かせるように繰り返されてきたし、実際、過去の作品において、彼女は絶妙なバランス感覚を発揮してきた。しかし、作品を重ね、音楽性が成熟を迎えつつある状況下において、聴き手のために表現世界を抑制することは尋常ではないストレスを伴うはずだし、セールスの減少が作品世界の抑制に拍車をかけ、瑞々しさを失いつつある音楽シーン全体の傾向を踏まえると、彼女はそろそろ新しい一歩を踏み出す時なのかもしれない。

椎名林檎:良かれと思ってやってしまいましたけど、『りんごのうた』で独りの活動に区切りをつけたあと、いきなりモードを切り替えれば良かった。徐々に変化していく過程を見せていくことで、親切どころか余計ややこしく見えたのではないかしら。でも、このアルバムでようやくスタート地点に立てたような、そんな気分です。

彼女がそう語る東京事変のサード・アルバム『娯楽(バラエティ)』は、バンド結成当初の構想が、注釈や説明抜きでストレートに突き詰めた、初めての作品である。クロスオーバーな感性と、それを具現化するスキルを持ったメンバーが楽曲を持ち寄り、その場の盛り上がりをバンド一丸となって録音すること。このアルバムでのトライアルはいたってシンプルだ。

椎名林檎:バンドって、一人一人に役割が決まってて、ギタリストはかくあるべしっていうような倫理があって、それに則ってやる伝統芸能みたいなことになる危険と、常に背中合わせですよね。ただ面白くて自由なものをやりたいんです。

ただし、このシンプルなアプローチは、同時にショック療法的でもある。そもそも、圧倒的な人気を誇るソロ・アーティストが、パーマネントなバンド結成に向かったこと自体、非常に稀なことであるのに、詞曲を高く評価されている彼女がその一翼を手放して、詞作に専念するばかりか、過剰包装を排して、素材をそのまま差し出しているのだから、驚きが大きいのは当然だろう。ただ、その驚きの大きさは、本来、形にとらわれることなく、自由に広がり解釈されるべき音楽を型にはめ、その息吹を奪ってきた現在の音楽産業の不健全さをも映し出している。

椎名林檎:私は子供の頃から、テレビを付けてもやってないような音楽ばっかり好きだったから、それはしょうがないというか、反骨的な気持ちはずっとあります。そもそも、今のメンバーにオファーした私の気持ちからして、そういう意味合いがあります。