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スピッツ インタビュー

前述したが、スピッツは2007年、結成20周年を迎える。アートスクール出身の偏屈でロマンチックな、しかも全員ヘビーメタルを通過しているのに華奢だった4人の世界は、95年辺りからの大ブレイクの経て、日本のポップ・ミュージックのひとつの指針となり続けている。しかし、ご存知の通り、バンドはいたってマイペース。未だにテレビに出ては、誰の目にもわかるくらい緊張し、自らのポジションに対して、いつもどこか「足が宙を浮いている」。しかし、この国のビジネス先行主義になりがちなシーンの中で、名曲を作り続けるだけで、これだけのポジションを築き続けているスピッツは、あまりにも純粋かつ幸福な「音楽という名の奇跡」の証そのものである。

名曲がそこにあるのは、誰もがわかっていたが陽の目を見なかった最初の数年間、そしてブレイクしながら「シーンの波に乗ることより自らの波を生み出すことに夢中な」その後の十数年。スピッツの20年間は、誰もが夢見る魔法のようなあたたかい気持ちと、儚く散りゆくセンチメンタルな哀しみの両方を響かせてきた。

ポップという言葉は、その音楽の大衆性や優秀さを表す、最大限の賛辞だと思うが、時折ポップという言葉では、語ることのできない大切な音楽が――それこそ、U2やビースティ・ボーイズ、サザン・オールスターズのようなバンドが――この世界には存在する。スピッツもまさにその一員のバンドである。最早彼らに対して、ポップだという言葉を使っても何の意味もないし、それで彼らの音楽は語れない。ポップより、スピッツ――これなのだ。最早彼らの音楽はポップという定義を超えた、スピッツという名の素敵な秘密の結晶なのである。

草野:20周年はね、「ハヤブサ」とか「三日月ロック」の頃はちょっとは考えていたけど、今はどういうふうに思われるかとか、考えなくなってきちゃった。決して余裕かましてるわけじゃなくて、今はね、ほんと音楽を作ることに集中してやってるんですよ。そういうことに没頭できる環境になったんです。だから初期に比べて、かなりきっちり作るようになって、そういうことしていると、20周年とかどうでもいい感じになってきてて。

田村:でも今は、自分達がこうありたいなって思っていたものに、割と近い感じがする。常々思っていたことがあって。それは、自分はスピッツの一員なんだけど、演奏者である以上に、リスナーでありたいと思っているんです。そのふたつの両立って、実は難しくて。今回のレコーディングは勢いで録るとか一切なくて、長い時間をかけてやって、時に冷却期間を置く…そうすることによって、リスナーに戻れるんですよ。実際に「群青」なんて、1回仕上げたけれど、やっぱ違うなってやり直した部分があったりするんだよね

三輪:20周年なんて、なる前のほうが、思い入れが出てくるんだよ。なってしまうと、『あ、こんなもんなのか』って。だってさ、20周年ってことは、人生の半分がスピッツなんだよ? もうそんなことに驚けないって。

草野:去年は熱かったよね。来年は20周年だって。でもそこで終わっちゃった。

三輪:でもまあ、幸せなことに、もうすぐアルバムができる。それを引っさげての暮れからツアーが始まるから、それをどうしようかな? とか、衣装何にするとか? とか、そういう楽しみがまた始まるんだよ。20周年というより、そういう楽しみがずっと続いている、今もまだ続いていることに感謝してるっていうか。そっちのほうが大事なんだよね。

田村:でも結成してからずっと、がむしゃらに生きているので、何かをしたことに対しての達成感はあるけど、本質的な満足感は、まだ得られていないですよ。『なんかまだ…』っていう感覚のほうが自然で、正直あまりピンとこないかな、20周年って。