PR


椎名林檎 インタビュー

「平成風俗」ライナーノーツ

「今回のアルバムでは邦楽を作りたかったっていうことがあって。日頃、私はJ-POPを作っているんですけど、今、音楽があまりにも安上がりになっちゃったぶん、安上がりにやってきたことが裏目に出ているような気がするんです。それは自分の作品にしてもそうだし、あの、おこがましくも、J-POP界全体に申し上げられることなんじゃないかと。気軽にお使い頂けるし、使い捨てられるからっていうことで、質を下げすぎたんじゃないかと省みて、今回のアルバムに臨みました」

椎名林檎がソロ活動を休止し、バンド活動に向かっていた、ここ3、4年の音楽シーンの動向を振り返ると、リリース・タイトルの爆発的な増加が一つの特徴として挙げられる。その要因には、かつて高価だった高性能のレコーディング機材が安価で簡単に手に入るようになったという音楽環境の変化があり、誰もがある程度のクオリティの作品を簡単に発表出来るようになったことで、音楽の相対的な価値が下がる一方、リスナーがその針の山から誰もが共通していいと思える才能ある音楽家や素晴らしい作品を見出しにくくなりつつある。しかし、時代や状況が変わろうとも、リリース・タイトルが爆発的に増えようとも、素晴らしいアーティストや作品は相変わらず素晴らしいし、アーティストは毅然として作品に臨むべきではないか。椎名林檎はそんな思いを抱いて、個人名義のアルバムとしては『加爾基 精液 栗ノ花』以来、4年振りのニュー・アルバム『平成風俗』のレコーディングを行った。

プライベートで親交があるカメラマン、蜷川実花から初監督作品となる映画『さくらん』の音楽制作を依頼され、そのサウンドトラックの発展形として位置づけられる本作において、彼女が制作上のパートナーに選んだのはヴァイオン/キーボード奏者にしてアレンジャーの斎藤ネコ氏と彼女の作品を長らく手掛けているエンジニアの井上雨迩氏だ。

「斎藤ネコさんは素晴らしい鍵盤をプレイするピアニストでありながら、いつもお世話になっていたようにバイオリニストとしても素晴らしいんです。それはどうしてなのかと突き詰めていくと、作家としても、音について知り尽くしている曲をお書きになるので、何をお願いするにも何の心配もないという。彼とのアレンジのやり取りで、何が素晴らしいって、“誰みたいにしたいの?”っていうことを一切おっしゃらないし、その旋律が持っている性質を瞬時に理解してくださるし、どんな引っかけ問題にも応じて下さるんです。ネコさんはアルバム全曲を、しかも、編成も贅沢言わせて頂けて、良い演奏家の皆さんの日程調整まで根気よくお付合い頂けて、お仕事出来る事自体が光栄だと思わせてくださる方です」

8曲の林檎ソロ既発曲(「ギャンブル」は初スタジオ・レコーディング曲、「パパイヤマンゴー」はローズマリー・クルーニーの名唱曲カヴァー)と5曲の新曲(「花魁」は東京事変のギタリスト浮雲氏の提供曲)という変則的な内容は、劇中の場面に対応する形で選ばれ書かれたものゆえ。ただ、この『さくらん』という作品は、花魁を主人公に女性の生き方を描いたものだが、椎名林檎の作品世界と通じる部分も多く、それについて、彼女は以下のように語る。

「女性はみんな知ってることだと思うんですけど、女性というのは働いていても、男性が世の中を作っている感は否めないんですよね。いくら、私みたいな自由な仕事をしていても、男性が事を運んでくださっている部分は多々あって、ネコさんとか雨迩さんとか、男性的な考え方をする音楽家がいるっていう前提のもとに作品の材料を持っていったり、逆に彼らから出来上がったものを受け取って私が歌ったりしているわけで、そういう男女の領域を汚さないことが上手く行く秘訣とも思うんです。あと、女の子同士で飲んだりすると、男性ありきの社会で共存することを身につけることが、何よりも大事なことだと思ったりするんですけど、私が映画から受け取ったもの、歌に込めたものは、つまり、そういうことです」

そのため、既発曲に関しては、歌詞の面において、相当に熟考を重ねて、選曲が行われたばかりか、新曲に関しては、映画を観ていないリスナーにも伝わるようなソングライティングが行われている。そして、圧巻なのが彼女が斎藤ネコ氏と1曲1曲を細部に渡って解体したうえで、施したオーケストラ・アレンジの例えようもない素晴らしさだ。曲によっては打ち込みとミックスされているが、エンジニアの井上雨迩氏と綿密に打ち合わせているだけにその鳴りはどこまでも澄み切っているうえに、抑揚や壮麗さは本当に凄い。誰もが楽しめる「平成風俗」な佇まいと、それでいて手を抜くことなく全身全霊を音楽に傾ける日本のアーティストのあるべき“japanese manner”。本作は映画に端を発する変則的な作品だが、その鳴りの気高さはこの作品が傑作『加爾基 精液 栗ノ花』の次に相応しい椎名林檎のアルバムであることを物語っている。

「例えば、サンバだ、ジャズだ、タンゴだといっても、平成世代の私たちがそれをやるにあたって、どこを大事にしながらやればいいのか、どこまでやったら下品になるのか。そういうマナー、その品性こそが日本人として非常に大事なことだと思うんです。音楽が使い捨てられるmp3世代がmp3で聴いても分かる、真心の手作り感をその体温まで伝わるように細部まで書いて頂いたという風に思っています。音楽以外にも当てはめるなら、生きるうえで、自分なりの規範やプライドを持つべきじゃないかしら、と。私は他の国で生まれたわけじゃないから、他の国のことは分からないけど、日本人はプライドや規範を重んじて生きてきた民族だと思うので、今一度、この範囲で表現するのはどうだろうと感じ、心掛けましたし、タイトルにもそんな思いを込めました」

文/小野田雄